« 永遠という名の一瞬 | トップページ | 会社で頂くパン »

オウエンとムゼイ

2年前のスマトラ沖地震によって、ケニア南部に仲間と集団で暮らしていた一頭の赤ちゃんカバが、津波の影響で群れからはぐれた。しかし、村の人々の手によって助けられ、その後オウエンと名づけられて自然公園で保護されることとなる。そこで推定130歳のアルダブラゾウガメのゼイに出逢った。しかしムゼイは単独行動を好み、オウエンを嫌がっていた。しかし、いつしかこのオウエンとムゼイの距離が、次第に縮まってゆく。

          オウエンとムゼイ

実話をもとに作成されたこの絵本は、米国では、災害やテロで親を亡くした子供たちの心のケアにも使われているそうです。

肌や瞳の色、好みや趣味、考え方の違い、ただそれだけのことで、自分と違うと感じる存在を排除しようとしたり、つけあったりする人々。。
本来、人間は自然を守る管理人であるべき存在のはずである。

動物を人間以下だと思うのは驕りだ。

その間違いに、気づいてほしい。

最近では、とある動物園内で子豚たちを育てるトラや、猫と親友のカラスなど、様々な国境を超えた(?)動物たちもいる。その姿を見ているだけで、心が和らぐと同時に、日々、残酷な事件の絶えない人間社会を、寂しく思う。
戦争をしない動物たちの方が、ずっと素晴らしいではないか?とさえ思えてくる。

行動の全てを、損か得かだけで判断してはならないのだ。それは夕飯の買い物とバーゲンの時にでも、誰も傷つけないことで発揮して欲しい。

今朝、故・黒柳朝さんの残した言葉を伝える番組を観た。

晩年、ずっと欲しくてコレクションしていたアンティークの品々を、突然寄付すると言い出した朝さんに、何故か?と訊ねたところ、こう言ったそうだ。

「買いたいものは全部買ったけど、私判ったの。
本当に欲しいものが判ったの。
綺麗なものって、全部ただのものばっかりね。
笑顔、やさしさ、自然のもの。全部、ただよ」

情に、損得などないと同時に、与えることは、ただでできる。

自然に学ぶ事は、尽きることがない。

|

« 永遠という名の一瞬 | トップページ | 会社で頂くパン »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 永遠という名の一瞬 | トップページ | 会社で頂くパン »